
- あべ静江は73歳現在も独身であり、歴代の「旦那」や子供は存在しない。
- 過去に6回もの婚約破棄を経験しており、恋愛遍歴は波乱万丈である。
- 30代の頃、婚約発表直後に相手の「4股」が発覚する大修羅場を経験した。
- 盟友・松崎しげるとは「男女を超えた親友」であり、夫婦関係ではない。
- 2022年の脳梗塞発症から、驚異的な精神力とリハビリでステージ復帰を果たした。
- 結婚という枠にとらわれず、歌とファンを愛する「生涯現役」の生き方を選んでいる。
「みずいろの手紙」の清涼感あふれる歌声と、日本人離れしたドールのような美貌で、1970年代の芸能界を席巻したあべ静江さん。
「フリージアの香り」や「コーヒーショップで」など、数々のヒット曲を持つ彼女は、当時多くの男性ファンの憧れの的でした。
そんな彼女も、2026年現在で74歳(古希)を過ぎています。
ふと、「今のあべ静江さんはどうしているんだろう?」「きっと素敵な旦那様と優雅に暮らしているに違いない」と思い、検索窓に名前を打ち込んだ方も多いのではないでしょうか。
しかし、そこで表示されるのは「旦那」というキーワードと共に並ぶ、「独身」「婚約破棄」「脳梗塞」といった、少し不穏な言葉たちが出てきます。
現在、あべ静江さんは法的な夫(旦那)は一度もおらず、子供もいません。事実婚のパートナーも公表されていません。
あほどの美貌を持ちながら、なぜ彼女には特定のパートナー(旦那)がいないのでしょうか?
実はそこには、単なる「縁がなかった」という言葉では片付けられない、壮絶な恋愛ドラマと、彼女自身の強すぎるほどの自立心が隠されていました。
本記事では、あべ静江さんの「結婚」にまつわる真実、そして大病を乗り越えて輝く現在の姿を、どこよりも詳しく徹底解説します。
あべ 静江プロフィール
- 人物名: あべ 静江(あべ しずえ)
- 生年月日: 1951年11月28日
- 年齢: 74歳(2026年時点)
- 出身地: 三重県松阪市
- 職業/肩書: 歌手・女優・司会者・タレント
- デビュー: 1973年、歌手として「コーヒーショップで」でデビュー
- 代表作・活動: 「みずいろの手紙」「コーヒーショップで」(歌手ヒット曲)、映画・テレビドラマ出演多数
- 主な活動ジャンル: 歌謡曲/映画・テレビ出演/講演・司会
70年代の伝説的アイドル「あべ静江」とは?
本題に入る前に、なぜ彼女の「結婚」がこれほどまでに注目されるのか、その背景にある彼女の凄まじい人気ぶりを振り返っておきましょう。
1951年、三重県松阪市に生まれたあべ静江さんは、東海学園女子短期大学在学中から東海ラジオの人気DJとして活躍していました。
その美声と知的なトーク、そして何より目を引く美貌が業界関係者の目に留まり、1973年に「コーヒーショップで」で歌手デビューを果たします。
当時のキャッチフレーズは「フリージアの香り」。
その言葉通り、彼女の清楚でアンニュイな雰囲気は、当時のアイドル歌謡界において異彩を放っていました。
デビュー年の第15回日本レコード大賞で新人賞を受賞し、翌年にはNHK紅白歌合戦にも出場。
女優としても映画『トラック野郎』のマドンナ役やドラマ『青春ド真中!』のヒロインを務めるなど、まさに才色兼備のスターでした。
これほどのスペックを持つ女性です。言い寄る男性は数知れず、いつ結婚してもおかしくない状況でした。
しかし、彼女が選んだのは「結婚」ではなく、修羅の道とも言える「自由な恋愛」と「仕事」だったのです。
あべ静江に旦那や子供はいません事実婚の噂と独身の理由
あべ静江さんには、過去から現在に至るまで夫(旦那)は一度もおらず、子供もいません。
なぜこれほどモテるのに独身なのか?
彼女が独身を貫いている理由は、決して「モテなかったから」ではありません。
むしろ「モテすぎて選べなかった」、あるいは「男性を見る目が厳しすぎた」というのが真相に近いでしょう。
あべさんは過去のインタビューやバラエティ番組で、自身の結婚観について以下のように語っています。
「結婚願望がなかったわけじゃないんです。タイミングが合わなかっただけ。それに、仕事が面白くなると恋愛が二の次になってしまう性格で……」
特に20代から30代にかけての彼女は、歌手活動だけでなく女優業、司会業と多忙を極めていました。
昭和の芸能界は現在よりも拘束時間が長く、「結婚=引退」という風潮も色濃く残っていた時代です。
彼女のように自立心が強く、仕事に誇りを持っている女性にとって、家庭に入って夫を支えるという従来の妻の役割は、窮屈すぎたのかもしれません。
また、彼女の性格は非常にサバサバしており、男性に甘えるよりも対等に向き合うことを好みます。
「自分の稼ぎで食べていける」という経済的な自立も、結婚を焦る必要がなかった大きな要因と言えるでしょう。
彼女は、誰かの付属物としての「妻」になることよりも、一人の表現者としての「あべ静江」であることを選び続けたのです。
あべ静江の婚約破棄は6回!4股騒動の修羅場とは
あべ静江さんは、これまでに6回の婚約(プロポーズ承諾)を経験していますが、そのすべてを入籍前に破棄しています。
特に30代前半の「4股騒動」は芸能史に残る大事件でした。
「あべ静江 旦那」というキーワードで検索する人が最も驚愕するのが、この「6度の婚約破棄」という事実です。
恋愛まではいくものの、最後のハンコを押す直前で破談になる。その背景には、ドラマのようなドロドロとした展開がありました。
芸能マスコミを震撼させた「4股男」との婚約会見
あべさんの恋愛史の中で、最も悲劇的かつ有名なのが、30代前半の時に起きたあるギタリストとの婚約騒動です。
当時、あべさんは交際していた男性(ギタリスト)との結婚を決意し、マスコミを集めて華々しく婚約発表記者会見を行いました。
幸せオーラ全開で、左手の薬指には指輪が光り、多くの記者が「あべ静江がついに結婚!」と祝福ムードで報じました。
しかし、その直後です。事態は急転直下、地獄のような展開を迎えます。
会見のニュースを見た別の女性たちから、あべさんの所属事務所やマスコミに次々と連絡が入ったのです。
- 「あの人、私とも付き合っています」
- 「私とも婚約しているんですが……」
なんと、その男性はあべ静江さん以外にも、同時に3人の女性と交際(一部とは婚約状態)していたのです。
つまり、あべさんは「4股」をかけられていた一人に過ぎませんでした。
しかも、他の女性の中には、あべさんよりも付き合いが長い人もいたと言われています。
「いい勉強になりました」と言える強さ
通常の女性であれば、人間不信に陥り、心に深い傷を負って引退してもおかしくない大事件です。
しかし、ここからのあべ静江さんの対応が凄まじいものでした。
彼女は事実を知ると、即座に婚約を解消。泥沼化する前にスパッと関係を断ち切りました。
さらに後年、この出来事を振り返って「いい勉強になりました」「あそこで結婚していたら今の私はない」と笑い飛ばしているのです。
この「4股騒動」以外の5回の婚約破棄についても、理由は様々です。
「家庭に入ってくれ」と仕事を辞めることを強要されたり、相手の嫉妬深さに嫌気が差したり……。
共通しているのは、あべさんが「自分らしさを犠牲にしてまで結婚にしがみつかなかった」という点です。
世間体を気にして嫌々結婚するよりも、自分の尊厳を守るために「NO」と言える強さ。それこそが、あべ静江という女性の本質なのです。
あべ静江の現在は?脳梗塞からのリハビリ
2022年に脳梗塞で倒れるも奇跡的に回復。
現在は健康管理を徹底しつつ、一人暮らしを満喫中。
独身を貫くあべさんにとって、最大の試練となったのが2022年3月の脳梗塞発症でした。
「おひとり様」の高齢者が最も恐れる病気の一つですが、彼女はここでも持ち前の強運とバイタリティを発揮します。
命を救ったマネージャーの機転
あべさんはその日、テレビ番組の収録に向かうため、マネージャーの車に乗っていました。
しかし、車内での会話中、マネージャーがある異変に気づきます。 「あべさんのろれつが回っていない」「話のつじつまが合わない」。
ベテランマネージャーの判断は迅速でした。収録現場ではなく、そのまま病院へ直行。
診断結果は「脳梗塞」。 医師からは「あと少し遅れていたら命に関わっていた、あるいは重い後遺症が残っていたかもしれない」と言われたそうです。
まさに間一髪の出来事でした。
驚異の回復力と「生涯現役」への執念
入院中、あべさんは「もう歌えなくなるのではないか」という不安に襲われたと言います。
しかし、彼女を支えたのは「待ってくれているファンがいる」という思いでした。
懸命なリハビリに取り組み、発症からわずか2ヶ月後の5月にはコンサートのステージに復帰。
70代でのこの回復スピードは、医療関係者も驚くほどでした。
現在は、再発防止のために塩分を控えた食事を自炊し、水分補給を徹底。
さらに、足腰を鍛えるために70歳を過ぎてから少林寺拳法を習い始めるなど、そのエネルギッシュな姿勢は衰えを知りません。
松崎しげるとの本当の関係
検索キーワードで頻出する「あべ静江 松崎しげる 結婚」の噂についても触れておきましょう。
二人はデビュー時期が近く(いわゆる同期)、若い頃から数多くの歌番組で共演してきました。
現在も一緒にジョイントコンサートを開催したり、デュエット曲を披露したりと非常に親密ですが、恋愛関係や婚姻関係は一切ありません。
あべさんにとって松崎さんは、性別を超えた「親友」であり「戦友」。
お互いの過去の恋愛も、苦労した時期もすべて知っているからこそ、男女の関係にならずとも深く信頼し合えるのでしょう。
「旦那はいなくても、しげるちゃんがいるから大丈夫」とジョークを言えるような、熟年夫婦以上の絆がそこにはあります。
あべ静江の「深層」
ここからは、他の記事ではあまり触れられていない、あべ静江さんの人格形成に影響を与えた「家族」の話を掘り下げます。
音楽エリート一家で育まれた「品格」
あべ静江さんの、あの独特の気品。それは彼女の生い立ちに由来しています。
彼女の実家は、三重県松阪市中町にあった老舗の「阿部小間物店」。
父親の阿部榮之助さんは、ラジオ三重の専属ミュージシャンとして活躍した人物。
母親の阿部ひささんも、1951年の「第4回NHKのど自慢大会」で優勝した経験を持つ元歌手でした。
つまり、あべ静江さんはサラブレッドのような音楽一家に生まれたのです。
幼少期から音楽が当たり前にある環境で育ち、両親から厳しくも豊かな感性を叩き込まれました。
彼女がただのアイドルで終わらず、実力派歌手として長く活躍できた背景には、この強力なDNAと家庭環境があったのです。
また、12歳年下の弟・阿部幸久さんを非常に溺愛しており、現在は弟さんが指揮者を務める吹奏楽団と共演するなど、家族仲は極めて良好です。
「旦那」という新しい家族は作りませんでしたが、彼女には常に、心から信頼できる「実の家族」という最強の味方がいた。
これも彼女が独身でも寂しさを感じさせない理由の一つかもしれません。
記事まとめ:あべ静江の生き方が教えてくれること
「あべ静江 旦那」と検索する私たちは、無意識のうちに「幸せ=結婚」という定規で彼女を測ろうとしていたのかもしれません。
しかし、あべ静江さんの人生を紐解くと、そこには既存の枠組みには収まらない、もっと自由で強靭な幸福の形が見えてきます。
- 6度の婚約破棄は、自分を偽らなかった証。
- 4股騒動を笑い話にできるのは、過去を乗り越えた強さの証。
- 脳梗塞からの復帰は、歌への愛の証。
彼女のパートナーは、特定の男性ではなく、「歌」そして「自分自身の人生そのもの」なのです。
73歳を超えてなお、美しく、強く、そして自由に生きるあべ静江さん。
その姿は、現代を生きる多くの女性たちに「自分の足で立つことの美しさ」を教えてくれています。
今後も彼女は、誰かの妻としてではなく、唯一無二の「あべ静江」として、私たちに素敵な歌声を届けてくれることでしょう。
記事全体の要点まとめ
- あべ静江は70代になった現在も未婚であり、夫や子供はいない。
- 過去に6回の婚約経験があるが、すべて入籍前に自ら破棄している。
- 30代の頃、婚約会見直後に相手の「4股」が発覚する大事件があった。
- 相手の男性はギタリストで、他にも複数の女性と関係を持っていた。
- 松崎しげるはデビュー同期の親友であり、恋愛関係や結婚の事実はない。
- 若い頃は「清純派」として売っていたが、実は芯の強い自立した女性である。
- 実家は三重県松阪市の音楽一家で、両親の影響で音楽の才能を伸ばした。
- 2022年3月に脳梗塞を発症し緊急搬送されたが、早期発見で命を取り留めた。
- リハビリへの強い意志とファンへの想いで、わずか2ヶ月で復帰を果たした。
- 70歳を過ぎてから少林寺拳法を習うなど、健康への意識が非常に高い。
- ブログやSNSを積極的に活用しており、デジタルにも強い一面を持つ。
- 「結婚にとらわれない生き方」を体現し、多くの女性のロールモデルとなっている。

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