
- 父親は元暴力団組長から実業家になった故・信貴久治氏。
- 父親は不動産やキャバレー経営で成功したが、選挙違反での逃亡や倒産も経験。
- 大阪に33億円で建てた大豪邸は、倒産により競売にかけられた。
- 現在、その33億円の豪邸は改装されてお寺になっている。
- 「徳川家の末裔」説は、親族間で認識が異なるものの父親の代から語られていた。
- 信子さんは複雑な生い立ちを隠さず、ポジティブな笑いに変えて活躍している。
テレビのバラエティ番組で、強烈なギャルキャラクターと明るい笑顔で大活躍中の、お笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」の信子さん。
彼女の口から語られる「実家は33億円」「徳川家の末裔」というエピソードは、度々スタジオを驚かせています。
しかし、そのスケールが大きすぎるため、「父親の本当の職業は何なの?」「さすがに話が盛られているのでは?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
この記事では、信子さんの父親である「信貴久治(しぎひさじ)」氏の波乱万丈な経歴や職業、
そして33億円の豪邸の現在の姿について、事実に基づいて丁寧に解説します。
ぱーてぃーちゃん信子プロフィール
- 名前(芸名):信子(しんこ)
- ふりがな:しんこ
- 職業/肩書:お笑い芸人(トリオ「ぱーてぃーちゃん」メンバー)
- 所属:ワタナベエンターテインメント(トリオ所属事務所)
- 活動開始:2020年代頃〜(トリオとして活動)
- 出身地:大分県(日本)
- 年齢:おそらく30代前半(2025〜2026年時点の媒体報道では33歳として紹介あり)
- 特徴:
- 青いショートヘアとギャル風のルックスがトレードマーク
- トリオでは特に個性的なキャラクターで人気を集めている
ぱーてぃーちゃん信子の父親「信貴久治」の職業と経歴
ぱーてぃーちゃん信子さんの父親は、故・信貴久治(しぎひさじ)さんという方です。
信子さんの口からは「不動産業で自力で稼いだ」と語られていますが、その人生はまるで映画のような波乱万丈なものでした。
ここでは、父親の本当の職業や、どのような経緯で巨万の富を築いたのかを詳しく見ていきます。
父親の職業は元暴力団組長?事業家としての顔
信子さんの父親である信貴久治氏は、かつて大阪に存在した
暴力団「信貴組」の組長を務めていた過去があります。
これは週刊誌などの取材によって明らかになっており、当時の地元では非常に有名な人物だったとされています。
しかし、1960年頃には組を解散しており、その後は実業家へと華麗なる転身を遂げました。
大阪府堺市を中心にキャバレーや風俗店などを幅広く経営し、さらに不動産業にも進出して大成功を収めます。

信子さんがテレビで「土地転がしをして稼いだ」と語っているのは、この不動産業で大成功した時代のことなのです。
地元でクラブを経営する方々の証言によれば、信貴氏は気風が良く、大変羽振りの良い遊び人だったと言われています。
元暴力団組長という過去を持ちながらも、商才に長け、自らの力で莫大な資産を築き上げた非常にパワフルな人物だったことが伺えます。
(参考:Smart FLASH「ぱーてぃーちゃん信子『33億円御殿』自慢の父親は伝説のヤクザ!」より https://smart-flash.jp/entertainment/entertainment-news/288731/)
選挙出馬から逃亡劇へ…波乱万丈な人生
実業家として巨万の富を築いた信貴久治氏は、次第に政治の世界にも強い関心を持つようになりました。
そして1976年、45歳の時に「泉州の角栄」を目指し、衆議院議員選挙に無所属で出馬します。
しかし、結果は残念ながら落選に終わり、さらに選挙買収を行っていたことが発覚して公職選挙法違反で逮捕されてしまいます。

実刑判決を受けた信貴氏ですが、収監される直前に姿をくらまし、なんとそのまま逃亡生活に入ってしまったのです。
約3年間もの逃亡生活の末、1996年に大分県内で確保されるという、まさに昭和の任侠映画さながらの劇的な展開を迎えました。
信子さんが「大分県育ち」であるのは、父親のこうした複雑な事情が背景にあったためだと考えられます。
会社倒産と晩年…信子が15歳の時に死去
事業家として栄華を極めた信貴氏ですが、日本のバブル経済の崩壊とともにその勢いにも陰りが見え始めます。
1991年、信貴氏が経営していた会社は約350億円という途方もない額の負債を抱え、ついに倒産してしまいました。
信子さんが生まれたのはちょうどこの頃であり、彼女の幼少期は父親の会社が倒産し、状況が大きく変化していく激動の時代と重なっています。
その後、信貴氏は大分県で晩年を過ごし、信子さんが15歳だった2007年頃にこの世を去りました。
当時の信貴氏は76歳前後だったとされており、信子さんは60歳を過ぎてから授かったとても年の離れた子どもだったことが分かります。
信子さん自身、父親とは幼い頃の記憶が中心であり、詳細な過去については後になって知った部分も多いのかもしれません。
実家は33億円!規格外の金持ちエピソード
信子さんを語る上で欠かせないのが、「実家が33億円で建てられた」という強烈なエピソードです。
あまりにも現実離れした金額のため、バラエティ番組のトークを盛り上げるための嘘ではないかと疑う声も少なくありません。
しかし、この豪邸は大阪府堺市に確かに実在していました。
ここでは、その驚愕のスケールと現在の状況について解説します。
実家は33億?大阪の豪邸の全貌
父親が自力で稼いだ資金で建設したという大阪の実家は、地元で「信貴御殿」と呼ばれるほどの超大豪邸でした。
土地代と建築費用を合わせて33億円かかったと言われており、外壁の装飾だけでも3億円が投じられたとされています。
その敷地はあまりにも広大で、母屋の1階部分だけでも600平米以上(吉本興業の大阪本社に匹敵する広さ)ありました。
信子さんはテレビ番組で、次のような驚きのエピソードを語っています。
- 敷地内が広すぎるため、門から玄関まで車で移動していた。
- 庭がジャングルのように広く、迷子になって庭師に助けられた。
- タクシーに乗る際、「お城まで」と言えば自宅に到着した。
これらは決して誇張ではなく、敷地内に広大な山林やため池まで備えた、まさに規格外のスケールを誇る邸宅だったのです。
現在はお寺に?実家がなくなった理由
これほどまでの大豪邸であれば、現在もどこかに残っていそうに思えますが、実はすでに信子さんの実家としては存在していません。
先述の通り、1991年に父親の会社が巨額の負債を抱えて倒産したため、この33億円の豪邸も競売にかけられることになりました。
その後、別の所有者の手に渡り、現在は改装されて立派な「寺院」として現存しています。

外観は武家屋敷やお寺のような和風の造りですが、内部の階段や装飾には洋館のような華やかなデザインがそのまま残されているそうです。
信子さんが「実家がお寺になった」と話しているのはジョークではなく、父親の事業の失敗による競売と、その後の建物の再利用という事実に基づいたエピソードでした。
(参考:デイリースポーツ「ぱーてぃーちゃん信子『33億実家』ネットで『ウソつき!』も誤解説明」より https://www.daily.co.jp/gossip/2024/03/10/0017417419.shtml)
小学生でお年玉50万円という金銭感覚
莫大な富を築いた父親の影響もあり、信子さんの幼少期はお金に囲まれた非常に裕福なものでした。
小学生の頃から月1万円のお小遣いをもらい、お手伝いさんが何人も家にいて身の回りの世話をしてくれていたと言います。
最も驚かされるのは、お正月にもらう「お年玉」の金額です。
両親からそれぞれ10万円ずつをもらい、親戚からの分も合わせると、小学生にして総額50万円以上ものお年玉を手にしていました。

周りの友人が「今年は5千円だった」と話している中で、一人だけ次元の違う金額をもらっていたため、話を合わせるのに苦労したそうです。
こうした常識離れした金銭感覚と環境が、現在の信子さんの物怖じしない堂々としたギャルキャラクターの基盤を作っているのかもしれません。
本当に徳川家の末裔?複雑な家族構成と真相
信子さんのもう一つの鉄板トークが「徳川家康の末裔である」というエピソードです。

「曾祖母までは徳川の姓を名乗っていた」「家系図をたどると徳川家康がいる」と公言していますが、この真偽については少し複雑な事情があります。
ここでは、親族の証言や家族構成から、その真相を紐解いていきます。
徳川家の末裔説は嘘?異母兄の証言
信子さん本人は、実家で徳川家の家紋が入った甲冑や、歴史上の人物が記された家系図を見たことがあると主張しています。
しかし、週刊誌が信子さんにとって40歳年上の「異母兄」にあたる信貴氏の長男に取材をしたところ、異なる見解が示されました。
長男は「信貴家が徳川家の末裔という話は聞いたことがない」と答えており、親族間でも認識にズレがあることが判明しています。
これが完全な嘘というわけではなく、古い家系においては「本家」と「分家」で伝わっている伝承が異なったり、一部の親族しか知らない言い伝えが存在したりすることは珍しくありません。
また、父親の信貴久治氏自身が、キャバレーを経営していた時代に周囲に対して
「自分は徳川家の末裔だ」と豪語していたという証言もあります。
真相は歴史の闇の中ですが、信子さんにとっては「父親から聞いた大切なルーツ」として信じているエピソードなのでしょう。
母親の存在と40歳年上の兄
信子さんの家族構成も、父親の経歴と同じくらい複雑です。
母親は「百合さん」という方で、もともとは父親の経営する会社で秘書を務めていました。
父親の信貴氏には前妻がおり、その間に生まれた長男(信子さんの異母兄)とは年齢が40歳も離れています。
異母兄は信子さんが芸能人になっていることすら知らなかったそうで、親族間の交流はほとんどなかったと推測されます。
また、信子さんはテレビで実の父親を「初期おとん」と独特な呼び方で表現することがあります。
これは、父親が亡くなった後、あるいは両親が離婚した後に
母親が別の男性と再婚した可能性があるため、区別して呼んでいるのだと思われます。
様々な苦労や複雑な家庭環境を「初期おとん」というポップな言葉で笑いに変えるセンスこそが、信子さんが芸人として愛される最大の理由と言えます。
ぱーてぃーちゃん信子の父親に関するよくある質問(FAQ)
最後に、信子さんの父親や実家に関する、読者の方からよく挙がる疑問にお答えします。
父親の名前や顔写真は公開されている?
父親のお名前は「信貴久治(しぎひさじ)」さんであることが分かっています。
顔写真については、信子さん本人がテレビやSNSで積極的に公開することはありませんが、
過去に国政選挙に出馬した際などの資料が一部の週刊誌で掲載されたことはあります。
しかし、一般的には広く出回っているものではありません。
なぜ父親の過去をすべてテレビで話さないの?
信子さんは父親の職業を「不動産業」と語り、暴力団関係者であった過去には触れていません。
これは、コンプライアンスが厳格な現代のテレビ業界への配慮であり、ご自身が生まれる何十年も前の出来事であるため、
エンターテインメントの場であえて触れる必要がないと判断しているからです。
所属事務所も、トークで過去のすべてを語る必要はないというスタンスを取っています。
信子本人は実家のことをどう思っている?
信子さんは、複雑な事情で実家がなくなってしまったことや、父親の特殊な経歴についても決して悲観していません。
むしろ、「33億円の家」「徳川家の末裔」といった規格外の事実を、芸人としての強力な武器(エピソードトーク)としてポジティブに活用しています。
過去を明るく笑い飛ばすその姿勢が、多くのファンに勇気と元気を与えているのです。
【記事全体の要点まとめ】
- ぱーてぃーちゃん信子の父親は、実業家の故・信貴久治氏である。
- 信貴氏はかつて「信貴組」の組長だったが、後に不動産や風俗店経営で成功した。
- 地元では気風が良く、羽振りの良い人物として有名だった。
- 1976年に衆院選に出馬するも落選し、選挙違反で逮捕後、約3年間の逃亡生活を送った。
- 大阪府堺市に建設した実家は、土地と建物合わせて33億円の超豪邸だった。
- 実家の敷地内は広大で、車で移動したり、庭で迷子になったりするほどだった。
- 1991年に父親の会社が倒産し、豪邸は競売にかけられた。
- 現在、その豪邸は改装されて立派な「寺院」として現存している。
- 徳川家の末裔という話は、40歳年上の異母兄は知らないと語り、親族で認識が分かれている。
- 信子さんは小学生時代にお年玉を50万円以上もらうなど、常識離れした幼少期を過ごした。
- 信子さんが15歳の時に父親は亡くなっており、両親はそれ以前に離婚していた可能性がある。
- 彼女は複雑な過去を隠さず、持ち前の明るさでエンタメに昇華し、多くの視聴者を魅了している。

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